the brave story/zero

[3]



 ――とはいえ、未知への恐怖というのは長続きしないこともままある。
 未知を既知へと変える作業がたやすい状況なら、なおさらである。
 しかし、既知になったそれが恐怖の対象でないかと言われれば、それは別の話。


 建物内部の案内が一通り終わった後、医務室に戻ったムスタディオはコルベールと養護教諭による診察を受けた。
 翌日からの定期的なリハビリは必要だが、取り合えず安静な日常生活は送れると診断され、今日からは使い魔としてルイズの部屋で寝泊りするように言われた。

 混乱したままのムスタディオは、使い魔についての詳しい説明をルイズよりはとっつきやすそうな印象のコルベールに尋ねようとしたが、

『つべこべ言わない。話なら後で私が少しなら聞いてやるから、さっさと行くわよ』

 そうルイズに一蹴されてしまった。
 貴族とは、こんなに冷たいものだったろうか――自分への対応に怒りを覚えるよりまずそんなことを思い、よく考えてみると自分の認識がズレていることに気付く。

 数年に渡る旅の道中で、彼の中で貴族とはつまり旅の仲間達の印象が強くなっていた。
 自分のような一平民とも対等に接し、仲間と認めて酒を酌み交わした仲。
 互いに背中を預け、誇りを忘れず、不正を絶対に許さない彼ら。
 一番の戦友であり、一団の統率者であるラムザ・ベオルブは、「困った人を見捨てておけないな」と何のてらいもなく口にしていた。

 今になって思うが、きっとそんな貴族は少数なのだ。
 忘れてはいない。助けを縋った枢機卿にすら、利用されたことがあるじゃないか。

 そんな暗澹たる思いを抱えつつ、ムスタディオはルイズに連れられて学生寮に向かった。





「The Brave Story/Zero]-03





 招き入れられた部屋は簡素な方なのだろうが、それでもムスタディオがかつて暮らしていたゴーグの家より遥かに質が良かった。
 年頃の女子が好みそうな趣味品等も少しだけだがある。貴族でなければ持つことも許されそうにない、簡素だが洗練された高価そうな品ばかり。

 その中で、あまり気乗りしない様子のルイズと様々な情報交換をする。

「オレは、イヴァリースのゴーグという都市で機工士をやってました」
「……貴公子? 実はやっぱり貴族でした、とか言い出すわけ?」
「…………ええと、きっと字を間違えてると思うんだ」

 そんな気の抜けた問答から始まった会話は、しかし多岐に及ぶ。
 使い魔の詳しい役割と、それに関連したすったもんだ。話が平行線になってしまったのでその話題は置いておき、派生してトリステインを代表としたこの地域の社会の仕組み。
 貴族の全員がメイジと呼ばれる魔道士で、魔法が使えることが貴族としての大きな条件の一つであることには驚かされた。
 そして周辺の国々の概略と、地図を見せてもらう。地形や国名に、全く見覚えがない。話せば話すほどイヴァリースとの文化の違いを感じる。

 その時点でムスタディオは、自分が呼び出されたのは自分の文化圏とは交流を持ちえないほど遠方の、例えば未だオーダリア大陸側の人間からは発見されていない未開の地で、まったく違う魔法体系、文化体系の構築された場所ではないかと考えていた。
 イヴァリースで普及している魔法が全てではない。仲間の中には、今では途絶えてしまった異質な魔法体系を操る兄妹もいた。

 頭をかきむしりながら混乱していたものの、ムスタディオは機工都市ゴーグで失われた古代文明の発掘、及びその機工技術の復興作業に勤しむ機工士達の一人である。そういった異文化に対する順応度、理解度は比較的高かった。

 しかし、そんな彼の推測には前提に勘違いがあり、理解の外にある出来事にすぐに遭遇することになる。

 話がひと段落ついて来て、ふと気分転換に見上げた窓の外。
 いつの間にか夜の帳に覆われていた空には――

 ――二つの月が、並んで浮かんでいた。

「な、なんだよあれ! 月が二つあるぞ!?」
「はぁ? 何言ってるの、当たり前のことじゃない。今度は生まれて一度も夜空を見上げたことがありません、なんて言うわけじゃないでしょうね」
「そ、そんなわけあるか! な、なんなんだ、どんな天変地異が起こったんだよ、あれ!?」

 驚愕のあまり、手を握り締めながら何なんだと繰り返すことしか出来ない。
 ムスタディオはルイズに詰め寄ろうとし――そこで、初めて気付いた。

「どんな天変地異も起こってないわよ」

 ルイズの表情に。
 まるで狂人を見下すような声色と目つきに。

 話を始めた時点では、不機嫌そうではあったが、まだ取り付く島はあった。
 自分のことで頭が一杯になっている内に何が起こったのか。自分はそんなに妙なことを言ったのか。
 新しく得た知識と様々な齟齬、疲労で破裂しそうな頭は整理が付かず、うまく働いてくれない。

「もういいわ。夜も更けてきたし、寝るわよ」

 一切を切り捨てる口調で言い放ち、ルイズは服を脱ぎ始める。
 さらに狼狽して出て行こうとするムスタディオを「気にしなくていいわ。あとあなたの寝床はそれだから」と引き止める。
 ムスタディオは唖然とするあまりにルイズの体を見ること以外何もできずにいたが、その様子も全く意に介さずに彼女は下着姿になり、さっさとベッドに入ってしまった。

 部屋の明かりが落ち、暗闇に包まれる。
 ルイズの寝息が聞こえてくるまで、ムスタディオは立ち尽くしていた。


   ◇


「――寝床って、なんだよこれ」

 部屋の隅に積み上げられていた藁をつまみながら、ムスタディオは思わず呟いてしまう。

(本当に動物みたいな扱いだな……)

 普通なら動物や魔物が呼び出されると、話の中で言っていた気がする。
 彼女は自分が召還されるなんて思いもせず、動物を迎え入れる準備をしていたのだろう。
 そう思うと少し気の毒な気もしたが、どちらが悪い状況に立たされているのかと考えぶんぶん首を振った。

 藁は少し刺々しく、新しい肌には刺激が強かった。
 野宿に慣れているとはいえ、ベッドがあるのに藁に寝かされるのは少し気分が良くない。床に寝る方がまだましだったかもしれないが、それはもういいやと思う。
 普通の平民ならそれも仕方ないと諦めたかもしれないが、ムスタディオにはどうしても割り切れないものがあった。
 かといって、実力行使に出るのも筋が違う気がしてならない。

 しばらく悶々としていたが、考えるのも疲れた。
 自分は所詮平民なのだ、ということを自覚させられざるを得ない。

 大切な人達を守るため、仲間に教えられた「自分の信じた正義を貫く心」――矜持を貫くために戦った。彼らと共に銃を振るえることを誇りに思っていた。
 しかし、それは個人としての心のあり方の問題だったのかもしれない。

 社会の仕組みの中では、ムスタディオはただの一人の平民だった。それは革命でも起こさない限り変わらないし、そんなことはほぼ不可能だ。
 ラムザは身分の違いによる貧富、権利の格差の理不尽に憤り、何とかしようとしていたようだが、ムスタディオはそれよりもまず精一杯生きること、次に自分の思うように生きることが大事だと考えていた。

(思うように、か。オレ、戦いが終わったらどうしようと思っていたっけ……)

 オーボンヌ修道院に赴く前に、散々考えたことを思い返す。
 それは仲間の様々な目的の顛末を見届けること。
 ゴーグに帰り、機工学の復興に尽力すること。
 そして――

(あの人、無事にしてるかな)

 アグリアス・オークスの姿が浮かぶ。

 見目麗しく、実直な女騎士。
 騎士としての立場、信念を重んじるあまり、女としての自分自身にあまりに無頓着だったので、誕生日に装飾品を贈った。
 あの時の珍しく恥らう様子を、ムスタディオはいまだに忘れられない。

 彼女との関係は、どうということはない。ムスタディオと同じ時期にラムザの仲間として行動を共にするようになり、お互いに信頼関係は築いていた。
 しかしそれだけの、ただの仲間だ。

 でも。
 戦いが終わった後、再び二人で会えたらとわずかな希望を抱いてもいた。

 仰向けに寝ていたムスタディオは窓の外の双月から目を逸らし、藁に顔を埋めさせた。頬に刺さってむずむずするが、構わなかった。

 まだあの戦いから一日しか経っていない。事の顛末がどうなったかも分からない。

 だというのに、何もかもが遠い気がしてならない。

 作りたての真新しい藁の香りが、眠気を誘っていく。


   ◇


(……もう寝たみたいね)

 ルイズは、寝息を立てるふりをして使い魔の様子を窺っていた。

 しかし最初から様子を見るつもりで起きていたわけではなく、不安が多すぎて眠ろうにも眠れなかった。使い魔から矢継ぎ早に質問を受け、疲れているはずなのに。

(何なのよ、あの使い魔)

 当たり前のようなことを延々と尋ねてきたと思えば、理解しがたいと金髪頭をがりがりむしる。いつの間にか敬語を使わなくなっていたし。

 人間が召還されたことはもの凄く不満だったものの、最初は遠い国からいきなり呼び出されて可哀相だと思う気持ちも少なからずあった。彼女は素直でないため、その気持ちを彼に表すことは出来なかったが。

 しかし、話し込んでいく内に印象が変わってきた。
 彼の話すことは整合性が取れていなくはないものの、信憑性が全くない。
 古代文明の復興に尽力していると言ったが、自分達の文化以前にそんな高度文明が存在したというのはまるでおとぎ話だし、ルガウィだとかるがいーだとかよく分からない化け物と戦っていたそうだし、極めつけは月を見た時のあの反応。

 ルイズは正直なところ、あの男は気が狂っているのではないかと思い始めていた。

 姉達から聞いたことがあった。
 本当に頭のおかしい人ほど正常に見えて、自分の妄想を体系付けて一見整合性があるかのように組み立ててしまっている。ぱっと見は普通に見えるのだ。だから注意が必要だと。
 そしてそれは同情に値するけど、変なことを皆に口走って自分に迷惑をかけられるのはごめんだった。

 それでも、契約してしまった以上、彼とは一生やっていかなければならない。うんざりするが、仕方がない。気をつけて様子を窺わなければならない、と翌日からどう彼を自分に縛り付けておくかを考え始め――私、こんなに厭な子だったっけと疲れた頭で思った。

 はねっかえりで可愛げのない女だ、と陰で言われているのは知っていた。
 目の前ではやし立てられるのもいつものこと。

 でも、何かこれまでとは違う、決定的にやっちゃいけないことをしようとしている気がする。


   ◇


 サモン・サーヴァントの儀式から四日が経ったお昼休み。
 キュルケは学院の中庭を、ある目的のために歩いていた。その顔は少し浮かないものである。

 ここのところ、どこか生活に張り合いがなかった。
 原因はルイズだった。最近ルイズの様子がおかしくなったのだ。

 授業中に果敢に発言をしなくなったし、同級生にからかわれても反論することなく、口の中でもぞもぞと何かを呟いている場面ばかり目に付く。
 それどころか、厄介ごとを避けて、目立たなくしようとしている節すらあるし、常に神経を張り巡らし、磨り減っているような重い表情をしている。

 何度か発破かけのつもりでからかってみたが、あなたと話してる気分じゃないの、と逃げられた。
 その去っていく小さな背中の先には、いつもあの金髪の使い魔がいた。

 ムスタディオと呼ばれていた彼も何か疲れた様子だが、クラスメイトから聞いた話だと二人はずっと一緒にいるらしい。

 あの使い魔が原因なのか、何があったかは知らない。
 でも、以前のルイズにはあった、芯の強さみたいなものがなくなっているのは確かだった。

 だから――むん、と下っ腹に力をこめ、気持ちを入れ替える。
 今日彼女は、その原因を探るべく行動に出ようとしていた。あんな「ルイズの腐ったようなの」を見ているのは、気分が悪くてしょうがなかった。
 キュルケは自分では気付いていなかったが、サモン・サーヴァントの夜にルイズが見せた弱音と涙、そんな彼女を張り倒してしまったことを少し申し訳なく思っていた。

 物陰にこそこそ隠れながら探す。
 中庭には姿がなかったので裏庭にも回りこむ。彼が毎日この時間にこの付近にいることは調査済みなのだ。
 ほどなく、発見した。

 そこは普段生徒達が足を運ばない一角だった。
 階段から手すりだけを外して持ってきたような器具、ダンベル等が並んでおり、それを用いてルイズの使い魔――ムスタディオ・ブナンザがトレーニングを行なっている。横にはコルベールとルイズの姿もあった。

 リハビリなのだそうだ。
 彼は体の大部分を魔法による治療で補修したために、筋力が落ち、使い魔としての労働をするのが少々難しいほどに体力が低下していたらしい。

 そのため日に一度、こうしてコルベールの指導の元にトレーニングを行なっている。ルイズも掃除洗濯その他をさせて復帰に一役買っている、らしい。どう考えても雑用として扱っているだけに思えるが。

 ちなみにこれはそこにいるコルベールからの情報である。
 サモン・サーヴァントの儀式の夜に今までにない威厳を持って叱られたのはびっくりしたし少し見直したが、やはりコルベールはまだまだコルベールだったというのが色仕掛けで話を聞きだしたキュルケの印象だった。

(それにしても……ルイズもいっしょなのね)

 ここ数日、食事もあまり手をつけずに食堂から出て行って何をしているのかと思えば。何だかんだ言って使い魔の心配をしているのかしらと思ったが、ルイズの表情を見てすぐにその考えを取り下げた。
 顔色がものすごく悪い。
 ちゃんと食べて……はいなさそうだが、寝ているんだろうか。
 隈が出来かけている上に目が据わりかけており、コルベールに指示を受けながらトレーニングを続けるムスタディオを凝視し続けている。
 その様子からは、とてもじゃないが心配している雰囲気は読み取れない。

 ムスタディオの方はというと、治療当初よりは肌の色も焼けてまだらではなくなりつつあり、動きも決して鈍くはない。体力は回復して来ているようだ。
 しかし居心地は非常に悪そうで、精彩に欠ける表情でダンベルを振り続けている。

 コルベールも何か、ムスタディオと会話するたびにルイズの顔色を窺っているような気がする。

(……なんなのかしら、このぎくしゃくした雰囲気は)

 その時、ムスタディオがダンベルを下ろした。少し外周を走って来ます、と彼の声が聞こえ、こちらに向かって走り始める。
 まずい、と思えど逃げる暇もない。
 ムスタディオはキュルケが隠れている物陰の横を走りすぎようとして、彼女に気付いてしまった。

 仕方ない、と覚悟を決める。
 見つかってしまったのだから、と少しやけになった彼女は大胆な行動に出た。

「ねえちょっと!」

 ムスタディオを呼び止めたのだ。
 しかしその瞬間の彼の反応が、また妙だった。
 ムスタディオは校舎と校舎の隙間、しかし少し近づけば見つかってしまうような場所に収まっていたキュルケを見て意外そうにした後、何かはっとしたように走り去ろうとする。

「逃げなくてもいいじゃないの〜!」

 しかしキュルケはすかさず腕を掴み、胸に抱き寄せてかなり強引に物陰に引っ張り込んだ。男の子を誘う時にする表情と声を作って話しかける。

「こんにちは、ルイズの使い魔さん」
「え、ええ、うわ、何だあ!?」
「ふふ、そんなうろたえなくてもいいじゃな〜い?」

 甘えた声を出しながら冷静に分析。女性に手馴れた様子はナシ。手を離す。

「う……こ、こんにちは。えーと、確か……ツェルプストー様、だっけ?」
「そうよ。教室とかで何度か顔を合わせたけど、こうやってお話するのは始めてね。あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、『微熱のキュルケ』よ。よろしくね、『ゼロのルイズ』の使い魔さん」

 その途端、慌てたムスタディオに口をふさがれそうになって驚いた。

「しーっ! あんた、ヴァリエール様の前で間違えてもそんなこと言わないでくださいよ! 八つ当たりがオレにくるんだから!」

 何かを思い出したように、ムスタディオは首筋を押さえる。
 手で塞がれる前の肌に蚯蚓腫れが走っていたのをキュルケは見逃さない。鞭のような物で折檻を受けた?

(ははぁ……ストレスのはけ口を変えたのかしら?)

 今までは悪口を言ってくる生徒に突っかかり返していたが、使い魔が出来たからそれをやめて彼に八つ当たりすることにしたのか。
 キュルケは少し呆れそうになるが、それは何かおかしいなと思った。
 八つ当たりはやりそうだが、罵詈雑言や冷やかしに無抵抗になるのは以前のルイズでは考えられない。

「そうなの……ねぇ、そんなに辛く当たられているの? 大丈夫?」

 演技を続けながら、キュルケは遠まわしに情報を引き出そうとするが、ムスタディオが何か思いつめたように自分を見つめているのに気付いた。それにかなり引け腰だ。色香が通用していない。これには少しむっとしてしまう。
 しかしむきになって誘惑しようとしたら、先手を打たれてしまう。

「なあ、あんた、あんまりオレに近寄らない方がいいですよ」
「……どうして?」
「いや、それは、ええとですね……」

(……あら? これはもしかして)

 自分の思うとおりにことは進んでいないが、どうやら核心を聞きだせるかもしれない。
 内心でキュルケがしめたと思った瞬間だった。

「ちょっとムスタディオ! 何してるのよ!!」

 大声に振り返ると、ルイズと困った風のコルベールがこちらに歩いてくるところだった。
 ムスタディオは露骨に顔をしかめ、それを隠そうともしない。

「……ほらな、『ご主人様』に気付かれちまった」

 ご主人様、に何か皮肉げなアクセントを置いたのをキュルケは聞き逃さなかった。そしてその瞬間の表情も。
 何か大事なことを諦めかけているような、虚ろな顔だった。

「何故か知らないけどさ、ヴァリエール様やコルベールさん以外の人と話すと、怒られるんですよ。オレと喋った人のことも、その後に無茶苦茶言うしな。だから……よかったらあんまり近づかないでください」

 ごめんな、それじゃあ。
 小声で申し訳なさそうに言い、そそくさとムスタディオは二人の下に戻っていった。「あ、ああんた走りに行ったんじゃなかったの! 何で、ツェルプストーなんかと一緒にいたのよ! 何を話してたの!? あんな狭いところでなな何してたのよ!? 答えなさい!!」とかなりきつい口調の詰問が遠ざかってく。
 ルイズと一瞬目が合った――彼女は、使い魔と似たような表情をしていた。

(……「使い魔は主に似たものが召還される」、だったかしら)

 そんな言葉を思い出しながら、キュルケはかける言葉もなく、三人を見送っている。
 何だろうあれは、と思う。ルイズがよくわめくのも、誰にでも噛み付くのもよくあることだ。
 でも、やっぱり違う。すごく追い詰められている。
 そしてそれに抗う力も失いつつあるように、キュルケには見えた。

「…………」

 自分で思っていたよりも楽観していたみたいだ、と思う。
 これまでは少し興味本位で探っていた感も、自分としてはあった。
 しかしルイズの状況は、興味本位で覗いてしまうには重過ぎる深刻さを持ちつつあるようだった。

(どうしたらいいのかしら、あれ……)

 考えてみるが、ぱっと良い案が浮かぶはずもなかった。





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