the brave story/zero
[6a]
「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」
ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある、中庭だった。
西側にある広場なので、そこは日中でも日があまり差さない。決闘にはうってつけの場所であるとギーシュは考えていた。
予想通り、噂を聞きつけた生徒たちで、広場は溢れかえってる。
その中心に佇むギーシュは、優雅な物腰を心がけながらも内心ややイラついていた。
「あの金髪の平民、随分な口を叩いていたけど、まさか逃げたんじゃないだろうね」
食堂から付いてきた取り巻きの一人が言う。
そう、決闘の相手が中々やってこないのだった。
しかし、ギーシュは彼が逃げたとは考えていない。
「それはないだろうね。この場合、使い魔の行動は主の行動だろう。あれだけの侮辱を行なった上に逃げたとなると、ゼロのルイズの面目は地に落ちるよ。ルイズは必ず彼をここに連れてくるさ。戦いに来るか、それとも謝罪によこすかは分からないけれどね」
薔薇を模した杖をぴん、と弾く。
もっとも謝ってきたところで、許す気はあまりない。誠意の見せ方次第だ。
「ギーシュ!」
その時、人垣を掻き分けてギーシュの方へ駆けるように近づいてくる者がいた。ルイズである。
「やあ、ルイズ。申し訳ないがこれから君の使い魔をちょっとお借りするよ。……しかし彼はいったいどこにいるんだ? まさかとは思うが、逃げたのかい?」
「……っ、知らないわよあんなやつ! それよりもギーシュ、バカな真似はやめて! 大体、決闘は禁止じゃない!」
「禁止されているのは、貴族同士の決闘のみだよ。平民と貴族の間での決闘なんか、誰も禁止していない」
「そ、それは、そんなこと今までなかったから……」
言い淀むルイズを、ギーシュは少しだけからかってやろうと思った。
使い魔が失礼を働いたのだ。主が少々皮肉を言われても、文句は言えまい。
「ルイズ、君はあの平民が好きなのかい?」
どう反応するか、と思った。
まんざらでもないのならこの性格だから、顔を赤くして否定するだろう。
あるいは、本気で怒り出すか。
「――そんな、こと、」
しかしルイズの反応は、どの予想ともかけ離れたものだった。
彼女の顔が一瞬で蒼白になり、体が心なしか震えている。何か言おうとしているが言葉になっていない。
(……なんだ? 使い魔との間に何かあったのか)
ギーシュが怪訝に思った時だった。
「ゼロのルイズの使い魔が来たぞーっ!」
野次馬たちの間からざわめきの波紋が湧いた。そちらに視線を向けると、くすんだ金髪が見えた。ルイズの使い魔が生徒達の層を抜けて決闘の場に入ってくるところだった。
「ふん、ようやく来たか。ルイズ、君は使い魔の側へ行きたまえ。
――諸君! 決闘だ!」
ギーシュが薔薇の杖を掲げ、うおーッ! と歓声が巻き起こる。
生徒達の声に腕を振って応えながら、ギーシュは使い魔が妙な物を肩から提げていることに気付いていた。
[The Brave Story/Zero]-06・a
「それは……何かの武器かい? それを取りに戻っていたから遅れたんだね」
ギーシュは鷹揚な仕草で、使い魔――ムスタディオの持つそれを眺めていた。
全長1メイルはあるだろうか。中心部は金属製の無骨な光を放ち、それを挟んで木製の取っ手と細長い筒が生えていた。
なんだか分からないが面白くなりそうだ、と思う。
「喧嘩じゃなくて決闘なんだろ。で、あんたたちは魔道士だ。素手でやるわけじゃないだろ」
「へぇ、よく分かっているじゃないか。そうだ、メイジである僕は魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」
「代わりにオレは、こいつを使わせてもらうぜ」
「ああ、それが君の剣であるなら何も言わないよ。
言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
言い放ち、薔薇を振った。舞い落ちた花びらが光をまとい、甲冑姿の女戦士へと姿を変える。
戦乙女ワルキューレを模った、青銅の身体を持つ彼のゴーレムだった。
傍にいたルイズが目の色を変える。
「ちょっと、ギーシュやめなさい! こんなことして何になるのよ!」
「ルイズ、もう決闘は始まってしまったんだ。外野が口を挟むのは無粋だな」
「そういう問題じゃないでしょ! む、ムスタディオもいいから謝りなさい! それにあんた、その武器――」
「ヴァリエール様は外に出ていてくれ」
ムスタディオが短く、しかし妙に存在感のある声を出す。
絶句するルイズを見て、ギーシュは目を細めた。
「いいからどいているんだ、ルイズ。僕は誇りを傷つけられた。許すわけにはいかない。同じ貴族たる君にも分かるだろ?」
「そ、それはあんたが悪かったからでしょ!」
よく通る声で非難するルイズに、薔薇を差し出す。
「僕が非があるのか、そうでないのを決めるのは君じゃない。既に全ての決定権は、この決闘にゆだねられているんだ」
薔薇に口付けをしてみせる。決まった。
「む、無茶苦茶なこ――」
決まったと思ってしまったので、ギーシュはそれ以上ルイズの話を聞かず、
「さあ、行けワルキューレ!」
命令を下されたワルキューレは突貫を開始し、
十メイルほどあった距離をあっという間に縮めんとし、
その先にいたムスタディオが金属の武器を構えるのが見え、
ぱん、と乾いた音が響いた。
その音は、直後に鳴り響いたガラスが砕けるような、そして金属が引き裂かれる不快音にかき消された。
騒がしかった声援や野次が一瞬で消えうせた。ギーシュも何が起こったのかすぐには理解できなかった。
ギーシュとムスタディオの中間で、ワルキューレが動きを止めている。いや、動こうとしているのだが、ぎしぎしと歪に蠢くのがやっとだ。
――ワルキューレの甲冑の隙間という隙間から、大小様々なつららめいた氷柱が飛び出していた。
それは甲冑を押し広げ、青銅の体は原型を失うほど歪み、破壊されている。
結果、広場の中心に突如として大きな氷の華が花開いたような様相を見せていた。
慌てて華の向こう側にいるムスタディオを見る。構えた武器の筒の先から一筋の煙が上がっていた。
違う。あれは冷気だ。
あの筒から――氷の魔法が飛び出したのか。
その時になって初めて、ギーシュは決闘相手がただの平民でないことを理解した。
「……これだけか?」
ムスタディオのつぶやきが聞こえた瞬間、ギーシュの顔から表情が失せた。
「……そうか、君もメイジだったんだね。厳つい外見にだまされたが、それは杖だったのか。
よかろう、なら僕も容赦はしない!」
ギーシュが薔薇を振ると、花びらが舞って新たなワルキューレが六体現れる。七体のゴーレムによる波状攻撃、これがギーシュの得意とする戦法であった。
先ほどまではただの平民と侮っていたから、一体で充分だと思っていた。
しかしこの相手は、そうはいかない。
全力で倒すに値する。
「美しく舞いたまえ、麗しの戦乙女達!」
ギーシュが薔薇を振り下ろす。それを合図に、六体のゴーレムが次々とムスタディオに向かって突進した。
人垣のざわめきが復活するが、直後に連続で鳴り響く銃声にかき消された。
◇
火蓋の切られた決闘を、様々な思惑の元に眺めている者達がいる。
◇
決闘を見物しに来た生徒たちの人垣。
その最前列に、キュルケの姿があった。
平民と貴族の決闘なんてなぶり殺しもいいとこである。しかも最近様子のおかしいルイズの使い魔だ。
心配した彼女は、我先に、という勢いで広場にやって来ていたのだった。
「彼、メイジだったのね」
生徒達がギーシュとムスタディオをそれぞれ好き勝手に応援している中、つぶやくように言う。
しかも中々の使い手と見える。皆があっけに取られている内に氷の魔法を次々に撃ち出し(しかも詠唱を必要としない魔法だなんて、見たことない!)、既に全部で三体のゴーレムを撃破していた。
最初はどうなることかと思ったが、これならヘタをするとムスタディオの方が勝ってしまうかもしれない。
少し安心していると、
「違う。あれ、魔法じゃない」
平坦な声の訂正を入れられ、キュルケは傍らを見下ろした。
タバサだった。最初は一緒にいなかったが、彼女の身長では人垣の中からは見えなかったのだろう。最前列に出てきたところを見つけて捕まえたのだった。
「あんたが野次馬根性発揮するなんて、珍しいわね」
そうからかってみたが、すぐに違うことに気付く。
タバサはいつもの通り無表情だったが、これは無表情を装おうとしているものだ。親友であるキュルケにはそれが分かった。
何を動揺しているのだろう、と不思議に思う。
しかし同時に、タバサが他人に興味を持つのは珍しいことだ。
それはそれで楽しかった。
(さてはこれは、一目惚れかしら!)
恋に生きるツェルプストーが一人、微熱のキュルケは実に勝手な解釈をするのだった。
「で、それはそうと魔法じゃないってどういうこと?」
返事はない。
タバサは食い入るように、戦いを見守っている。
ふとキュルケは、そのタバサの両手に見慣れない手提げ袋があることに気付く。
握り締められて形の崩れた袋は、中に収まっている物のシルエットをあらわにしていた。
(珠か、石ころか何か……二つ、かしら?)
そんなことを考えた瞬間、金属と金属がかち合うような鈍くて重い音が腹に響く。
慌てて広場に視線を戻したキュルケが見たのは、ゴーレムに体当たりを食らい、杖のようなものを弾き飛ばされるムスタディオの姿だった。
◇
「ふむ、どうも雲行きがおかしくなってきたのう」
そこは学院長室だった。
魔法で形作られた『遠見の鏡』を維持しながら、オスマンがコルベールに話しかける。
鏡に映し出されているのはヴェストリの広場、その中心で行なわれている決闘の模様である。
金髪の使い魔がゴーレムの体当たりを受ける。
彼は最初の勢いで三体を倒したのはいいが、その後は数に物を言わされて苦戦しているようだった。
オスマンは、その右手に刻印されたルーンが淡い光を発しているのを見つめている。
「確かに君が持ってきた文献にある紋様と同じものじゃの。それに中々強力な魔法の使い手のようじゃ。しかし――伝説にあるガンダールヴの能力とはちと外れてはおらんかの?」
「そ、そのようですな……」
コルベールが興奮した様子で学院長室に飛び込んできたのは、少し前のことだ。
彼はムスタディオのリハビリの際にスケッチさせてもらったルーン文字が、始祖ブリミルの使い魔、ガンダールヴのものに酷似していることを突き止め、その報告に来たのである。
しかし少し妙な事態になっている。伝承にあるガンダールヴは主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在で、あらゆる『武器』を使いこなし、千人の軍隊を撃退するというものである。
コルベールが熱っぽく説明している傍で始まった決闘を見てみると、たった六体のゴーレムに苦戦し、しかも肉弾戦が主体ではないようだ。
「で、ですがまだ始まったばかりですし、ブナンザ君がその能力を余すところなく発揮しているとも限らんでしょう」
コルベールは禿げた頭に光る冷や汗をハンカチで拭きながら、様子を見ましょうと促す。
「……いや、ワシとて彼がただの使い魔とは思っとらんよ。
ただあの魔法、本当に魔法なのかのう?」
「と……いいますと?」
オスマンコルベールの質問には答えない。代わりにこんなことをのたまった。
「……あと彼、周囲の生徒達のことも考えて立ち回っておるようじゃのう。えらいえらい」
◇
「――ふうん。あの杖、ああいう風に使ったらいいのね」
『土くれ』のフーケは誰にでもなく、そう言った。