the brave story/zero

[9]



 ムスタディオは、村人やシエスタの家への挨拶もそこそこに飛空挺の調査を始めた。
 取るべき選択肢は幾つかあった。
 シエスタの家で「祖母」の遺品を見せてもらう。
 話を聞く。
「祖母」の墓へ赴く。

 それらを選ばなかったのは、まず自分の世界で最後に居た場所を見たかった、というだけではない。
 ムスタディオは他の選択をしたほうが効率的だと感じながらも、後回しにしてしまった。

 仲間の一人が死んでいるかもしれない。
 箱の蓋を開けるのはあまりにも恐ろしく、確認する覚悟が未だ、つかなかったからだった。





「The Brave Story/Zero」-09





「地に墜ちた箱舟」の表面は、乾いた色の苔で覆われていた。
 三隻の内二隻はかなり損傷が激しく、今にも倒壊しそうだったが、六十年もの間崩れずにいたようだ。
 シエスタに話をいくらか聞いてきたが、どうも墜落直後に大規模な調査隊が派遣され、大勢のメイジによる「固形化」の処置が行なわれたのだという。それによって墜落直後の状態を保っており、苔などが付着してもそこから成長できずにいる。

『当時はなんだか、すごい騒ぎだったみたいですよ。アルビオンくんだりからもわざわざ調べに来た方がいたみたいで。
 村では我が物顔の貴族達がたくさん闊歩して、迷惑をかけられたみたいです。すごい発見だって貴族の方々ははしゃいでいたけど、この地に生きる自分たちにはいい迷惑だった、って祖父が言っていましたわ。
 ……けど、すぐに調査の方々が来てくださったおかげで、祖母は一命を取り留めたんです』

「祖母」はかなり酷い火傷を負って倒れていたのを見つけられた。
 しかし二日もしない内に駆けつけた調査隊の水メイジによって治療を施された。
 それはいくら何でも対応が早すぎる気がする、と普段のムスタディオなら思っただろう。
 しかし今の彼はそんなところに気を回す余裕がなかった。別のことに混乱していた。

 その「祖母」が、あの決戦の場、またはその周辺に居た人間なのは間違いない。
 しかし、六十年前というのは何故だ。
 そのことについてしばらく考えようとして、首を振った。
 何故六十年前。ひいては何故召還されたかという根源的な問い。自分には窺い知れないことだろう。ただ事実としてあること。

 ムスタディオは考えを飛躍させ、可能性を考える。
 まず、あの戦いの場そのものがこの地に呼び出されていることを鑑みると、この地には爆心地に居た人間、周辺の人間が自分のように召還されているかもしれない、ということ。生物、物、もしかすると敵味方も関係なしに。
 そして、ムスタディオがトリステイン魔法学院に、「箱舟」と「祖母」がそれなりに離れたタルブの村に、六十年もの時間差を置いて呼び出されたことを考えると――皆場所・時間をばらばらにして召還されているのかもしれない、ということ。

(……なんだか、空想魔学小説みたいだな)

 一見現実味がなさそうな想像。しかしそれは、ムスタディオにとっては恐ろしい実感を伴っていた。
 皆、「祖母」のように天寿を全うしているかもしれない。
 そもそも、召還直後に火傷から死亡しているかもしれない。
 あるいは、まだ召還されていないかもしれない。

「……くそ」

 箱舟の入り口で足を止めている自分に気付く。
 あれこれ考えることがある。しかしそれを言い訳にして調べることすら後回しにしようとする自分がいた。
 何を怖がっているのか、心当たりが多すぎて考えるほどにうずもれてしまう。
 ムスタディオは両頬を思い切り張ると、ブレイズガンを構えて朽ちた飛空挺へ足を踏み入れる。


   ◇


 それは一番原型を留めている飛空挺だった。帆柱もプロペラも落ちていないし、船体もそこまで破損していない。
 ハッチを探し当て、中に進入してもその印象は変わらなかった。
 船底から少しずつ上がっていくが、動物や魔獣が住み着いている様子もない。
 隣接した船で炸裂したアルテマの余波、次いだ墜落の衝撃でそこかしこが歪んではいるものの、ゴーグの地下で発見される機械たちよりよっぽど状態が良く、基本の骨格はほぼ保たれている。聖石があれば、案外動くかもしれないな、とすら思った。

 甲板への扉を開くと、陽光に目を焼かれた。ぷは、と深呼吸をして船内の淀んだ空気を肺から追い出す。
 しかし、日の当たる場所にでたというのに陰鬱な雰囲気は消えない。それどころか悪寒にまで変わりつつあった。
 甲板も比較的綺麗な状態を保っていた。剣や魔法で削られた痕もなければ、血痕もない。
 ムスタディオは、それだけ確認すると隣の飛空挺を見据えた。

「……やっぱり、あれか」

 隣の飛空挺は損傷が一番激しく、半分ほどしか原型を留めていない。火事の後みたいに黒焦げで、ここから見える甲板は周辺部分を残して崩落していた。
 陰鬱な雰囲気は、そちらから漂っている。

 船底から上がっていくのは損傷の酷さから諦め、ムスタディオは甲板から甲板へと飛び移ることにした。
 バランスを崩してこの船に寄り掛かるように建っていたので、比較的容易だった。
 欄干に掴まりながら、崩落した甲板を覗き込む。

「うわあ……」

 墜落直後にかけられた「固形化」のために、炸裂当初の生々しさがそのままそこに残されていた。
 しかしそこから見える船の形は――記憶の中にある、最後の戦いの場に何か被る。何よりもこの雰囲気が、「あの場所」であることを物語っていた。
 中心部、陥没の一番激しい場所の中空を見る。
 血塗られた天使が炸裂した瞬間がフィードバックする。
 そしてその際に、仲間達の前に銀色の鏡が浮いていたことも。

『調査隊の方々によると……ええっと、家族からの又聞きの又聞きなんですけど、人型の魔獣みたいな死骸はいくつか見つかった、と思います。でも、人の死体は箱舟の上や、中からは見つからなかったって』

 ――やっぱり、皆この地に召還されているかもしれない、と思った。
 しかしムスタディオには、その可能性と希望は抱き合わせではないように感じられてならない。


   ◇


 穴の底にも降りてみたが、目ぼしい物は何もなかった。
 ヴァルゴの聖石はどうなっただろう、と思う。聖天使が倒されたなら、この場所に残っていたはずだ。調査隊が持っていってしまっただろうか。それとも自分が紛失したように、どこかに消えたか。あの石なら足がついていても不思議ではない。
 やはり、探さなければ、と思った。
 しかしそのためには学院に戻り、まずタウロスとサーペンタリウスの消息を突き止める必要がある。

「…………」

 疲労を感じたムスタディオが甲板へ上がると、自分を呼ぶ声が聞こえた。

「ムスタディオさーん!」

 ムスタディオが登ってきた飛空挺の甲板の入り口で、シエスタが手を振っている。

「どうしたんだい?」

 甲板から甲板へ飛び移り、尋ねる。返事の代わりに、両手に掴んだバスケットが差し出された。

「ええっとですね、お昼になっても戻ってこないから、うちの家族が心配してました。これ、一緒に食べませんか?」

 明るい様子のシエスタは、しかしどこか一歩引きたいのを我慢しているように思えた。
 それに、と思う。彼女の家族はこんなどこの馬の骨とも知れない自分を本当に心配してくれているのだろうか。その言葉は、シエスタの気遣いではないだろうか。

「……ありがとう。優しいね」

 疲れた頭が、柄にもないことを口走らさせる。

「え? あ、いや、そんなことは……ムスタディオさんを連れてきたの、わたしですし。目的地に着いたんだから後は勝手に、なんてできませんし」
「……あはは、そうか」

 シエスタのしどろもどろな様子に、笑ってしまった。
 気遣いは、素直にありがたかった。
 こんな気持ちになったのは、コルベールと接して以来だ。
 そして……シエスタから見れば、自分は脅迫者もいいところだろう。おびえながらも気を使ってくれていることを申し訳なく思う。
 一方で。何の制限もなく他人と接することを気持ちが良く感じる自分がいた。

「ここ、見晴らしいいですよね」

 ムスタディオにバスケットを渡すと、シエスタは欄干を両手で掴んで身を乗り出す。ムスタディオもそれにならう。
 そこからは、タルブの村が一望できた。
 ムスタディオは目を細めて、しばらく地上を眺めていた。
 頭に浮かぶのは「祖母」のことだ。
 彼女は、この村で、どんな気持ちで一生を終えたのだろう。
 調査隊について行くことだって出来たはずだ。というか恐らく調査隊の方から彼女へ申し出があったと予想がつく。
 しかし彼女はそれを断ったのだろう。この村で結婚し、子を産み、農耕に励み、異国の地に眠った。
 それは、この地で生きていくと腹を括ったからこその行動だったのではないだろうか。

(……オレは、まだ腹は括れないな)

 けど、戻れるとも思ってないや。
 なのに手がかりに縋りつかざるを得ない、自分の半端さが情けない。

 ――「祖母」は、誰だったんだろう、と思う。
 名前はまだ聞いていなかった。それすら、後回しにしていた。

「――けど、普段誰も来ないんです。なんだか薄気味悪くって。子供達も、いい遊び場になりそうなものですけど」

「そうだな……ここには良くないものが漂ってるんだ」
「そんなの分かるんですか?」
「ああ、なんとなくだけどね」

 そんな会話をしながら、何か、今なら聞く覚悟が持てそうな気がした。
 ムスタディオは表情を引き締め、シエスタに問う。

「あのさ、君のおばあさんのこと、改めて聞かせて欲しいんだ」


   ◇


 ――まず、シエスタから聞いた名前は、全く聞き覚えのないものだった。
 敵の神殿騎士だったのかと、思う。これだけ広範囲に渡って大規模な召還が起こっているのだ。周辺に居た女戦士が巻き込まれていても、不思議ではない。
 思うのに。
 恐ろしい予感は消えないのは、何故だろう。

(――偽名かもしれないんだ)

 シエスタの口から語られる、祖母のこと。
『箱舟』が60年前に落ちてきた時に、傍らに重症で倒れていた。緊急で到着した調査隊の水メイジにより九死に一生を得る。
 変なことを口走るので皆信用しなかった。それ以外は毅然とした働き者で器量もよく、元貴族ではないかと噂される村の人気者。
 剣技に長け、何種類かの「おまじない」――白魔法だろう――を用いた。

「先住魔法かって驚かれるし、研究のために誘拐されたり「アカデミー」というところに連れて行かれるかもしれないからって、本当は秘密になってるんですけどね」

 ……ムスタディオは考える。
 白魔法の心得があり、剣を用いる女性の仲間は四人。
 どんな剣技を用いていたのか、訊こうと思った。もしそれが特殊な物なら、さらに二人に絞られる。髪の色でもいい。なんでもいい。

「箱舟の上で見つかった物はどうしたんだい?」

 口から飛び出たのは違う質問だった。何をしてるんだ、と思って、自分が酷く緊張していることに気付いた。背中に大量の汗が滲み、服が張りつきかけていた。

「あ、はい、祖母の持ち物や祖母がこれは自分の仲間の物だって言ったものは私の実家にあります。その他は調査隊の方々が持っていったそうですわ」
「そうなんだ。ところでさ、あ、」

 核心を尋ねようとして、喉が干上がっていてどもり、それでも無理に言おうとして、

「その品々を、よかったら見せてくれないかい」

 やっぱり口から出たのは遠まわしな方法だ。
 嫌なことを、考えている。
「彼女」だけではあってほしくない、と願う自分がいる。
 同時に、彼女かもしれないと予感する自分がいる。

「え……いいですけど、でもそんなに多くありませんよ」
「そうなのか。じゃあ今、持ってこれるかな?」
「大丈夫ですけど……ご飯を食べてからにしませんか?」
「いや、今がいいんだ。今すぐに確かめたいんだ、頼むよ」

 どことなく嫌そうなシエスタに畳み掛ける。そうでもしないと叫びだしそうだった。少しおびえたようになったシエスタが分かりました、と言って船の中に消えようとするが、彼女が家を往復する時間すら耐えられそうにないムスタディオは彼女を呼び止める。

「おばあさんのお墓は、どこにあるんだ?」

 あそこですと指差されたのは村の外れだった。
 白い墓石の群が見える。

「あの一番外れにあるし、変わったお墓だからすぐに分かると思います」
「そうか。そこでどうしても確認したいことがあるんだ。よかったら、そこに遺品を持ってきてくれないか。頼む。――頼むよ」

 身体が居ても立ってもいられなくなっている。その勢いに任せて土下座まですると、何かを察したのかシエスタは慌てて踵を返して行った。内部から反響する足音が聞こえなくなるまで、ムスタディオは身体を震わせながら、待った。

 誰かといたら、逆に何かに屈服してしまいそうだった。
 誰かの口から証言を取るのは、恐ろしすぎた。
 覚悟がついた気がしていたのに。

 ――しかし、それでも。
 どうしても確認しなければいけない。

 嫌な予感に嘔吐しそうだった。
 一歩一歩が果てしなく重い。


   ◇


 タルブの村の外れにある墓地。白く幅広の墓石が並び、人影はなく、どこか閑散としている。
 そのまた外れで、ムスタディオは立ち尽くす。
 そこには、一振りの剣が突き刺さっていた。

「…………あ」

 ムスタディオはもはや声もでない。
 焼けて黒く変色し、その上雨風にさらされて錆の浮いた刀身。
 しかし、それは、確かに、今や記憶の中だけに居る、ある騎士が握っていたものだった。

 膝が落ちる。
 剣にすがりつく。
 錆びた刃は肌を傷つけない。心を抉る。
 墓石に目線が下りる。よく分からない、こちらの文字でその人の名前が書いてある。
 そしてその傍らに。見慣れた文字が、厳粛に刻まれていた。

「……う、ぁ」

 意味のないうめきが口から漏れる。イヴァリースの文字をこんな地でお目にかかるとは夢にも思わなかった。
 こんなもの、見たくなかった。
 ムスタディオは目をきつく閉じた。
 それでも、網膜にその光景が焼き付いて離れない。
 その碑文は、たった三文。

 ――アグリアス・オークス。享年八十二歳。異界に眠る。

 とだけ、記されていた。
 わけが分からない、と何度も頭の中で繰り返した。
 自分と同じ時を生き、戦い抜いた人間が何故八十二歳なんて老婆で、それどころか骸となって墓の下で眠っているのか。
 意味は分かっているのに実感が湧かない。――湧かない。湧かないと思い込もうとしている。
 しかしあがく心とは裏腹に、身体が、目から涙を流させ始める。

 アグリアスさんは死んだのか、と思った。

 そう思った瞬間、何かが嫌な音を立てて正しく嵌ったような気がして。
 ムスタディオは口からほとばしる泣き声を止められなかった。






back